労災保険法第12条の4には、「保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合」には、保険給付が先に行われれば第三者に求償し、逆に第三者からの損害賠償の方が先に行われれば、保険給付の方を調整減額するとあります。
第三者についての定義は労災保険法のどこにもありません。
そこで、第三者とはどのような者か説明してください。
【千葉・N社】
ご質問のとおり、労災保険法には、第三者についての定義は全くありません。
ただ、感じとしては大体お分かりになっていることと思いますが、それを「ことば」として定義するということになると、なかなかはっきりしないということではないかと思います。
そこで、まず厚生労働省がどのように考えているかをみてみることにしましょう。
それには労働基準局長通達をみることになりますが、そこに何と書いてあるかといいますと「第三者とは、保険者(政府)及び被害労働者以外の者であって、当該災害につき損害賠償の責を負担する者をいう」(昭30・11・22基災発第301号)と、書いてあります。
裁判所の判決もみてみましょう。
このことにつきましては、最高裁判所の判決もあり、第三者とは「被災労働者との間に労災保険関係のない者」(最判、昭41・6・7)であるということです。
これで、第三者についての法的な定義がはっきりしてきましたが、何だか変な気がいたしませんか。
第三者が、厚生労働省や最高裁判所がいうように、政府と「被災労働者」以外の者であるということになりますと、その被災労働者を使用している事業主も、当然、第三者に該当するということになります。
そうしますと、労災保険法の扱いにおかしなことが起きてきます。
すなわちそうなりますと、保険給付の原因となる事故が、事業主の行為によって生じた場合に、政府が、その被災労働者に対して保険給付を行ったときには、政府は労災保険法第12条の4第1項の規定により、事業主に対して求償できることになります。
事業主は第三者に該当するのですから、当然すぎることです。
ところが、同じ労災保険法のなかの第31条第1項第3号には、「事業主が故意又は重大な過失により生じさせた業務災害の原因である事故」の被災者に保険給付を行ったときには、政府はその保険給付に要した費用に相当する金額の全部又は一部を事業主から徴収することができると規定されています。
そうしますと、もし、事業主の重大な過失により業務災害が発生し、それに対して労働基準監督署長が保険給付したときには、都道府県労働局長は、その事業主に対して、第12条の4第1項に基づく求償権と、第31条第1項に基づく費用徴収権の両方を有することになります。
特に後者については、国税滞納処分の例により局長には強制徴収権もありますから、事業主は踏んだり蹴ったりということになるおそれがあります。
これは一体どうしたことでしょう。
歴史的な経過 実は、この矛盾については、歴史的な事情があるようです。
現在の労災保険法(正式には労働者災害補償保険法)の前身として戦前にあったのは労働者災害扶助責任保険法です。
これは、現在の労災保険法が、労働者を被保険者として扱っているのとは違って、事業主が被保険者でした。
実際対象になっていたのは建設業の事業主だけだったのですが、それらの事業主が、当時労働者災害扶助責任保険法と同時に制定された労働者災害扶助法の規定に従って、被災労働者に扶助料を支払った場合に、その事業主に対して保険給付が行われたのでした。
そうすると、この場合には事業主が被保険者ですから、労働者が被保険者である場合と違って、第三者には当然事業主は含まれないことになります。
このような戦前の事情があって、戦後労災保険法を厚生省(まだ労働省の分離前でした)が立案したときにも、戦前同様に事業主を被保険者として、労働基準法第8章に規定されている災害補償を実施した事業主に対して保険給付を行うようにしようとしたのです。
そうすれば「第三者」という表現にも何の問題もなかったのです。
ところが、これが占領軍の強い反対により、事業主でなく労働者を被保険者として、労災保険給付は被災労働者に行うことになったのです。
そのようなことから第三者について少し整合性の不調な部分が残ったのではないでしょうか。
したがって、事業主は第三者から除かれるという規定があるものとして、解釈したらよいのではないかと思います。
【平成16年:事例研究より】