遺言で遺族の指定が違ったら、労災法と補償順位が逆になるのか【平成16年:事例研究より】

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労基法施行規則第43条第2項には、労働者が遺言等により遺族補償の順位を変更できる場合についての規定があります。

もし、その規定により労働者が順位を指定した遺族が、労災保険法による遺族の順位より下であった場合には、労災保険からの遺族に対する給付はどうなるのでしょうか。

万一、労働者が指定した遺族に保険給付がなかった場合には、使用者が補償しなければならないのでしょうか。

たしかに微妙な問題ですね。

そこでまず労働基準法施行規則第43条をみますと、労働者が遺言または使用者に対して行う予告により遺族補償を受けるべき者の順位を変更できるのは、配偶者や、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によって生計を維持していた者または生計を一にしていた者がない場合です。

つまり具体的に順位を変更できる遺族は、生計維持関係や同一の生計関係のない子、父母、孫および祖父母と兄弟姉妹です。

労災保険法の場合には労働基準法と違って、年金と一時金とがあり、生計維持関係のあった遺族(兄弟姉妹も入る)は年金給付、それ以外の遺族は一時金ということになっています。

そこで、ご質問で問題になるのは労災保険の一時金の場合でしょう。

例えば、死亡した労働者と生計維持関係のない20歳の子の一時金の順位は生計維持関係のない父母より先です。

したがって、他に先順位の遺族がなければ、遺族補償一時金はその子がもらえます。

ところが、労働基準法施行規則第43条の方では、労働者は、遺言又は使用者に対して行う予告によって、使用者の行う遺族補償の順位を本来は子の次である父母の方を先にすることができます。

そうすると、もし労災保険から遺族補償一時金が子に対して出た場合には、労働者が指定した父母には労災保険からは何も出ないので、使用者は、その父母に対して労働基準法第79条に規定されている遺族補償を行わなければならないかという問題が生じます。

もし、補償を行うということになれば、使用者としては、労災保険料を支払っている意味がないということになりかねません。

両法の調整 そこで、両法の調整はどうなっているかということになります。

それにつきましては、労働基準法第84条第1項に「この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる」と規定されています。

すなわち、労災保険法の給付が、「この法律で規定する「災害補償の事由」について、労働基準法の災害補償に「相当する給付」が行われるべきものである場合に該当すれば、使用者は労働基準法に基づく災害補償を行わなくてもよいということです。

まず、最初の「災害補償の事由」についてですが、これについては労災保険法第12条の8第2項に「前項の給付は、労働基準法……第79条……に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行うべき者に対し、その請求に基づいて行う」と規定されていますので、労働基準法も労災保険法も全く同一であるといえます。

次に「相当する給付」といえるかどうかということが問題となります。

これについては、労働基準法が一時金、労災保険の保険給付が年金と一時金という相違がありますが、どの場合にでも労災保険給付は、労働基準法第79条に規定する平均賃金の1,000日分という遺族補償の金額を下回ることはないので、金額においては「相当する給付」といえることは問題ないと考えられます。

問題は受給者であって、労基法施行規則第43条第2項の規定によって、労働者が遺言または使用者に対する予告によって指定した遺族が、労災保険から遺族一時金を受給できなかった場合のことです。

その場合にも、他の遺族に対して遺族補償一時金が支給されることになれば、相当する給付が「行われるべきものである場合」に該当するかという問題があるといえます。

しかし、これについては「遺族」に対する遺族補償自体はあるので、該当すると考えて良いのではないでしょうか。

旧労働省時代の労働基準局長は、「保険給付が行なわれるべき場合に該当しない休業最初の3日を除き、労災保険に加入している事業主はすべて労働基準法上の補償責任を負わないこととなる」(昭41・1・31基発第73号)という労災保険法第19条(労働基準法との関係)に関する通達を出しています。

したがって、使用者に災害補償義務はないと考えられます。

【平成16年:事例研究より】