近年、多くの職場で労働者のストレスや心の健康問題が深刻化しています。
メンタルヘルスの問題は、労働者個々人の問題としてだけでなく、企業のリスクマネジメントの側面から対策を進めていくことが重要視されるようになっています。
労働者の心の健康に関する実態としていくつかの調査資料が存在します。
厚生労働省が5年おきに実施している「労働者健康状況調査(2007年)」では、「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスがある」労働者の割合が50.8%となっています。
主に以下のような要因があげられています。
それについて相談できる相手としては「家族・友人」が最も多く、次いで「上司・同僚」となっています。
(独法)労働政策研究・研修機構が実施した「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査(2010年)」では、過去1年間に心の健康問題で連続1カ月以上の休職、または退職した労働者がいた事業所が25.8%あります。
心の健康問題が現れる原因として「本人の性格の問題」「職場の人間関係の問題」「仕事量・負荷の増大」「仕事の責任の増大」などが多く挙げられています。
(公財)日本生産性本部でも毎年職場のメンタルヘルスに関する大規模調査を実施し、その結果を「産業人メンタルヘルス白書」に公表しています。
この調査でも企業内で「心の病」が増加傾向にあることが指摘されていますが、さらに2012年の調査では職場の状況によってその増加傾向に差が見られ、以下のような職場では、高率に増加しているという結果が得られています。
教育現場でも、教師のメンタルヘルスが大きな問題になっています。
平成23年12月24日に発表された文科省のデータでは、同年度中に心の病で休職した教員が5,274人で、教員の休職者全体の61%にあたります。
同年10月に文科省が発表した「教職員のメンタルヘルス対策について(中間まとめ)を見ると、先生たちの心の病について以下のような傾向がみられます。
現在、教職員に対するメンタルヘルスケア対策は早急に進められており、ほぼ全国の教育委員会で復職支援プログラムが実施されています。
企業は消費者、取引先、株主などの投資家だけでなく、従業員や地域社会などとも利害関係を持ちながら事業を展開しています。
企業価値の向上には、これらのステークホルダー(利害関係者)に対する責任を果たすことが不可欠とされており、一般にCSR(企業の社会的責任)といわれています。
メンタルヘルスを含めた従業員の健康管理問題は、ステークホルダーの一員である従業員との関係におけるCSRの課題であると同時に、法令遵守の問題でもあります。
使用者が労働者に対して負っている「安全配慮義務(健康配慮義務)」は、労働契約法第5条で明文化されており、危険作業や有害物質だけでなく、メンタルヘルス不調への対策も含まれると考えられています(東京労働相談情報センターHPなど)。
労働安全衛生法第69条第1項では、労働者の健康の保持増進を図るための措置を講ずることを努力義務として課しており、当該措置が適切かつ有効に行われるために、同法第70条の2に基づいた指針として「労働者の心の健康の保持増進のための指針(平18.3.31公示第3号)」が厚生労働省から示されました。
また、2006年4月の法改正により、メンタルヘルスと密接な関わりを持つ過重労働への対策として、「1週あたり40時間を超えて行う労働が1カ月あたり100時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる者であって、申し出を行った労働者に対しては、医師による面接指導を実施し、その結果に応じた措置を講ずることが義務付けられました(第66条の8)。
従業員のメンタルヘルス不調の問題は、法的な規制だけでなく様々な損失をもたらすことにつながります。
いわゆる「電通事件」では、従業員が長時間労働に従事した結果うつ病にかかり自殺に至ったことについて、最高裁判決では使用者が「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」に違反したとして、企業側に高額の損害賠償責任が認められました。
企業内で過労死や過労自殺の犠牲者を出すことは、損害賠償だけでなく、企業内のモラール低下や対外的な企業イメージの低落などを招くなど、様々な損失につながっていく可能性を有しています。
また、メンタルヘルス不調で長期休職者が出れば、休職者への諸手当や、他の社員の残業増加または代替要員の配置によるコストがかかることも想定されます。
メンタルヘルス問題への対応は企業の大きな課題であるという認識は、近年多くの企業に浸透しつつあり、厚生労働省の「労働者健康状況調査(2012年)」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場は47.2%となっており、5年前の33.6%に比べ増加しています。
2013年2月25日に公表された「第12次労働災害防止計画」の中では、2017年までにメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上にする、という目標が掲げられています。
メンタルヘルス不調を引き起こす「ストレス」という言葉は、2通りの意味で使われることがあります。
日常的にはこの両者を区別せず、単に「ストレス」と呼ぶことがよくあります。
個人がストレス要因に直面すると、大脳皮質がこれまでの記憶や経験に基づいてその負担の大きさや苦痛の程度を評価します。
これらの情報が大脳辺縁系に伝達されて様々な感情を生じさせ、ストレス要因に対処する行動を起こさせます。
感情は、脳内のノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどの「神経伝達物質」によって引き起こされます。
急性の強いストレス要因を受けたり、慢性のストレス状態が長引いたりすると、これらの物質の産生や伝達が阻害され、うつ病や不安障害などのメンタルヘルス不調を発症しやすくなります。
職場で起こりがちなストレスのメカニズムを説明するモデルとして代表的なものに、米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の職業性ストレスモデルがあります。
職業にともなう様々なストレス要因によってストレス反応が起こり、疾病に進展するまでを横軸として、ストレス反応に影響を与える個人的要因、家庭など仕事以外の要因、逆にストレスを緩和する効果が期待できる社会的支援などの緩衝要因を加味したもので、職場のメンタルヘルス対策を進めていく上でも参考にされています。
ストレスと生産性の関係について研究したハーバード大学生理学研究所によると、ストレスが高まるにつれて、ある程度のところまではパフォーマンスや効率は向上していくが、ストレスがある一定のレベルを超えるとパフォーマンスや効率は低下し、ひいては健康にも害を及ぼすという結論が出ました(ヤーキース=ドッドソンの法則)。
人間にとって適度なストレスは有益ですが、過長時間労働や責任の増大といった過度なストレスは有害であることを指摘しました。
ストレス予防のために個人のストレス状態を評価するときは、ストレッサー(ストレス要因)とストレス反応を区別して測定することが重要になります。
ストレッサーには、災害や戦争、犯罪被害など危険性は高いが稀にしか起こらない「心理的トラウマを生じさせる出来事」、結婚・離婚といった「生活の中で時々遭遇する人生上の出来事(ライフイベント)」、同僚や隣人とのちょっとした諍いのような、さほど重大ではないものの日々の生活において頻繁に起こりがちな「日常の出来事(日常苛立ち事)」に分けてストレスの強さを点数評価する手法がよくとられています。
尚、ストレッサーとなるライフイベントは必ずしもネガティブなものだけでなく、結婚や昇進といったポジティブなものも含まれます。
ストレス反応のほうは、身体的反応と心理的反応に区別し、前者は血圧、疲労といった生理的指標で評価でき、医学的診断結果を応用することもできる。
後者は不安や抑うつ、怒りといった心理的側面を把握できる尺度を用いて評価を行い、代表的な尺度としてMAS、STAI、BDI、CES-D、SDS、STAXI、GHQなどがあります。
職業性ストレスに特化した評価手法も確立されています。
厚生労働省の「新職業性ストレス簡易調査票」は、仕事による負担のほかに情緒的負担、役割葛藤、職場の一体感、ハラスメントなどを多角的に測定するものです。
ストレス反応をなくしたり減らしたりすることを目的とした一連の行動のことを「ストレスコーピング」と呼びます。
ストレッサー(ストレス要因)が存在する問題状況を直接的に解決する「問題焦点型コーピング」と、気分や感情を抑えることを目的とした「情動焦点型コーピング」とに区分することができる。
前者は周到に準備を行う、経験を積んでスキルを高めるといった、自らが主体的にストレッサーの除去を図る行動のほか、上司などに依頼して仕事の担当を替えてもらうなど他者に協力を得た行動も含まれます。
後者は怒りや苦しみなどの感情を誰かに聞いてもらって気持ちを整理したり、気分を落ち着かせるために深呼吸をするといった、ストレッサーによって引き起こされたストレス反応を緩和させる行動で、両方の型のコーピングを使い分けるケースもよくあります。
「労働者の心の健康の保持増進のための指針」によると、メンタルヘルス不調とは精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいいます。
心身の健康状態だけでなく、仕事上のトラブルや多量飲酒など行動上に表れるものも含めた、心の不健康状態を総称する用語とされています。
労働者にみられるメンタルヘルス不調および精神疾患で代表的なものは「うつ病」です。
人口の2〜5%にみられ、一生の間にこの病気に罹患する人は15%前後とされています。
全身倦怠感や頭重感、食欲不振などの身体症状が自覚され、気分が一日中重く沈んだままで、以前は好きだったことがつまらなくなる、入浴など普段の生活で快適な行為が心地よく感じられなくなるといった諸症状が2週間以上継続すると、うつ病が疑われます。
うつ病の対応は完全な休養と適切な服薬で心理的な疲労を回復することが基本で、一般的に3〜6ヶ月は完全に業務を離れて自宅療養することが必要であるといわれています。
また、人が自殺を図る直前に発症しているのもこのうつ病が最も多いとされ、自殺のサインを疑うべく十分な注意が必要な症状と考えられています。
従来、うつ病になりやすい人は責任感が強くまじめで几帳面で、問題があると自分を責めるタイプが多いとされていました。
ところが近年、若年層を中心に組織への帰属意識が希薄で、他者への配慮に乏しく自己中心的で他罰的な性格傾向の人がかかる、いわゆる「新型うつ病」という症状もメディアなどで大きくとり上げられるようになりました。
このタイプのうつ病では、従来の対応に加えて正しい生活リズムを確立させるための指導や、職場での役割意識を改善させる精神療法的な対応がより重要とも考えられています。
うつ病と、それと対照的な躁病という2つの病態が交互にみられる症状は躁うつ病と呼ばれ、人口の0.5%前後に見られます。
躁病が発症している状態では、活動性が高まり、言動に抑制がきかず非現実的で誇大な傾向を示し、態度も時に尊大で横柄なものになりますが、一転気力の減退や快体験の喪失といったうつ病の症状を発症します。
うつ病のみが出る状態を「単極性障害」というのに対し、「双極性障害」ともいい、この両者を合わせて「気分障害」と称することもあります。
統合失調症は、2002年までは「精神分裂病」と呼ばれていた病気で、人口の0.8%前後にみられます。
10代後半〜30代前半の若年層に比較的発症しやすく、妄想や幻聴などの症状が「陽性症状」として表れるのが特徴です。
これらの陽性症状が安定しても、コミュニケーション障害や引きこもり傾向といった「陰性症状」が後遺障害として残りやすく、長期にわたる休職が必要になることが多いのですが、近年薬物療法を中心とした治療法も進歩してきています。
その他、労働者のメンタルヘルス不調の代表的な症例としては、アルコール依存症、パニック障害、適応障害、パーソナリティ障害などがあります。
(独法)労働政策研究・研修機構の「労働政策研究報告書133号(2011年)」では、パーソナリティ障害が認められた派遣労働者がリストカットをして、自宅療養を命じられたところ「自殺する」というメールを送ったために派遣契約が解除となった事例も紹介されています。
精神障害の労災請求件数は、1998年までは年間0〜42件と多くありませんでしたが、1999年に厚生労働省から「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について(平11.9.14基発544号)」が公表されると急激に増加し、2011年には1272件までのぼりました。
1999年〜2010年の労災認定事案は1869件あり、30歳代がいちばん多く、20歳代・40歳代を含めると全体の8割を占めます。
業種別にみると製造業が最も多い364件で、以下卸売・小売業(261件)、医療・福祉(203件)、建設業(199件)、運輸業(186件)と続く。
職種別にみると専門技術職が最も多く506件で、次に生産工程・労務(321件)、事務職(305件)、販売職(205件)、管理職(199件)となっています。
精神障害が労災として認定されるためにはの3つの用件が必要です。
上記の②として判断される「業務上の災害」と認められるためには、労働者が労働契約に基づいて使用者の支配下にある状態(業務遂行性)に起因して発生した(業務起因性)災害であり、その起因性の要件としては①業務に内在する危険な有害因子、過度の肉体的精神的負担などの諸因子が認められること②その有害因子にばく露された事実が認められること③内在する危険因子によって医学的症状が形成されていることの3つが必要であるとしています。
1999年9月の「判断指針」では、「職場における心理的負荷評価表」が別表として付されており、業務による心理的負荷の強度等が評価され、業務上外の判断が行われてきました。
その後、労災認定の審査にかかる期間の迅速化、効率化を図る目的で専門委員会が開催され、2011年新たに「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平23.12.26基発1226001)」が公表されました。
2011年12月の「認定基準」については、以下のような要点が挙げられます。
「認定基準」の「業務による心理的負荷評価表」では、強度Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの三段階に出来事を分類しています。
それだけで「業務上」と労災認定される「特別な出来事」には、「心理的負荷が極度のもの」として以下のものが挙げられます。
また、「特別な出来事」に該当しないものでも、「出来事後の状況として、仕事の裁量性が欠如して自分の技能や知識を仕事で使うことが要求されなくなったり、応援体制や責任の分担など職場の支援・協力などが欠如している場合、あるいは恒常的に長時間労働が認められる場合など、著しいものは認定における総合評価を強める要素として考慮することとしています。
精神障害の業務起因性を判断する手順としては、まず「特別な出来事」に該当する出来事があれば、心理的負荷の総合評価は「強」となります。
それ以外のものについては、「出来事」の平均的な心理的負荷の強度の判定を「認定基準」の「業務による心理的負荷評価表」にある強度(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)に基づいて判定し、続いて「出来事」および「出来事後の状況」の心理的負荷を総合評価し、さらに「出来事」が複数ある場合の心理的負荷の強度の全体評価」を行います。
全体評価において強度が「弱」「中」であれば業務上とは認められません。
「強」に該当した場合、「業務以外の出来事(強度Ⅲ相当)」も「個体側要因」もなければ、業務起因性が認められて「業務上の精神障害」と判断されます。
「過労」とは、心身ともに疲弊・消耗して疲労の蓄積が進み、健康障害まで起こした状態を指します。
「過労自殺」とは、この過労に起因した自殺を意味しますが、労災保険法第12条の2の2第1項に定められている「故意に死亡またはその直接の原因となった事故を生じさせた」場合に該当し、また故意の自殺は業務との因果関係が中断するもの」として労災認定がされにくい状況でした。
しかし1999年の「判断指針」によって、業務に起因した精神障害のために正常な認識ができず、行為選択能力が著しく阻害され、抑制力が欠如して自殺に至った場合には「業務上」と認定されるようになりました。
内閣府の「自殺総合対策大綱」では、自殺の危険が迫っているサインとして認められるものを、「自殺予防の十箇条」として取り上げています。
労働者がメンタルヘルス不調に陥ると、職場でもパフォーマンスの低下、勤務状況の悪化、対人関係のとり方の悪化などが生じてきます。
具体的な行動としては、遅刻・早退・欠勤の増加や、挨拶やつきあいの拒絶、孤立などが不調のサインとして見られてきます。
これらが業務に起因するものであれば職場内の調整が必要になり、労働者本人に何らかの疾病の関与が疑われる場合は産業保健スタッフや医療機関につなげることが、使用者の安全配慮義務上の責務と考えられています。
「労働者の心の健康の保持増進のための指針(平18.3.31公示第3号)」では、職場におけるメンタルヘルスケアの基本的な考え方として、労働者の心の健康づくりを行っていくにあたっては、「セルフケア」「ラインによるケア(ラインケア)」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」の4つのメンタルヘルスケアを効果的に推進し、職場環境改善やメンタルヘルス不調者への対応、職場復帰支援が円滑に行われる必要があるとしています。
また事業者は、心の健康問題の特性や労働者の個人情報の保護への配慮などに十分留意することが重要だとしています。
労働者自身が自らの心の健康のために行う対策です。
ケアの内容としては、「ストレスへの気づき」「ストレスへの対処」「自発的な相談」があります。
調査票や社内LANなどを活用してセルフチェックを行う、自律訓練法や呼吸法・筋弛緩法などのリラクセーション法を体得する、アサーション(自己表現)訓練を行う、管理監督者や産業医、あるいは事業場外の精神科医やEAP期間に自主的に相談するなど、様々な方法があります。
日常的に労働者と接する現場の管理監督者が行うケアで、事業場のメンタルヘルスケアの中では重要な位置を占めるものです。
職場環境の改善や部下のメンタルヘルス不調の把握と相談対応、休職者の職場復帰支援などを通じて企業の安全(健康)配慮義務を実行し、職場全体の活性化に資するのがこの「ラインケア」です。
産業医、保健師、看護師、衛生管理者などを指します。
メンタルヘルスケアにおいては、他の産業保健活動と比べて人事労務管理スタッフと産業保健スタッフの連携が重要であると考えられています。
心の健康は職場配置、人事異動、職場の組織といった人事労務管理と密接に関係する要因によって大きな影響を受けるためで、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」でもメンタルヘルスケアの柱の1つを「事業場内産業保健スタッフ『等』によるケア」としているのは、事業場内産業保健スタッフと人事労務管理スタッフをひとくくりにして表現していることによります。
例えば、労働者が職務適性や職場の人間関係などに問題を抱えてストレス過多となり、メンタルヘルス不調をきたしている場合など、医師らによる適切な治療と休養と並行して、職場の異動を行うことで事態が改善することが期待できます。
事業場内産業保健スタッフと協力してメンタルヘルスケア対策を進めていくべき立場にある人事労務管理スタッフには、大きく分けて2つの能力が求められるといわれています。
1つは労働者個人に対する相談対応能力です。
産業医等が常駐していない中小規模の事業場などで医療機関の紹介や受診の説得が必要になる場合、人事異動や懲戒処分、訴訟対応など法令や就業規則に絡む問題で、管理監督者や産業保健スタッフだけでは手に負えないケースが発生した場合など、人事労務管理スタッフは通常は管理監督者の行う相談対応を支援・指導しつつ、専門性が要求される状況になった段階で直接労働者と向き合う必要性が生じ、管理監督者よりも高度な相談対応能力を要求されます。
具体的には話の聴き方、従業員のメンタルヘルス不調を早期に発見できるスキル、医療やEAP機関などの専門家へ迅速かつ的確に繋げられる知識と判断能力、自殺などの緊急事態が迫っているときの危機対応能力などです。
人事労務管理スタッフに求められるもうひとつの能力として挙げられるのは、職場環境等に関する問題解決能力です。
勤務管理の状況を把握する、職場の管理者と日頃からコミュニケーションをとる、全労働者を対象にメンタルヘルスに関する調査を実施する、といった対策をとりながら、企業組織に存在する様々なストレス要因を見出して、現状を分析して問題点を把握し、解決につなげていくスキルが必要とされています。
「事業場外資源」には、精神科医・心療内科医といった専門医療職のほか、精神保健福祉士、臨床心理士、カウンセラー、精神科認定看護師などの専門家が挙げられます。
また、EAP(従業員支援プログラム)のサービスを行う外部機関もよく活用されています。
外部のEAP機関をうまく活用することで、事業場内産業保健スタッフが不十分な場合でも、メンタルヘルスに関する体制を整えることが可能になります。
予防医学は一般的に、第一次予防・第二次予防・第三次予防の3段階に分かれます。
従来のメンタルヘルスケアは既にメンタルヘルスの問題を抱えた個人に対する第二次・第三次予防を中心に行われてきましたが、昨今ではこれに加えて労働者全員や組織全体に対してセルフケアやラインケアの訓練を行ったり、相談窓口を設置するなどの体制を整え、人事諸施策の再検討や組織開発などメンタルヘルス不調に陥る労働者を出さないための第一次予防が重要視されるようになってきています。
事業場の安全衛生向上をねらう仕組みとして導入が進んでいるOSHMS(労働安全マネジメントシステム)は、メンタルヘルス施策を継続性のある取り組みにしていく上でも有用であると考えられています。
立案から実施、評価、改善に至るPDCAサイクルを回していくことで、スパイラル的に向上を図るのが効果的とされています。
尚、このOSHMSでは「基本方針の表明」を行うことが必須事項となっているため、メンタルヘルス対策にこのシステムを導入するにあたっては、事業者あるいは経営者の名の下で対策の方針を職場の労働者に周知することが求められています。
職場内でメンタルヘルスケアを持続的に展開していくためのシステム構築と計画策定は、2006年3月に厚生労働省から出された「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において「心の健康づくり計画」として位置付けられています。
メンタルヘルスケアにおいても他の安全衛生活動と同様に、事業者が方針を表明してリーダーシップをとり、労働者自身の自己管理意識を高めるのと同時に、職場のライン機能に合わせてプログラムを実行していきます。
産業保健スタッフや人事労務管理スタッフはその推進を後押しし、進捗状況や課題を審議していく形が推奨されており、これは既存の安全衛生体制を活用することも可能とされています。
この活動の内容は、指針にある「4つのケア」に対応しています。
企業でメンタルヘルス対策を推進していく上では、職場のストレスを把握することがまず重要になってきます。
企業内でメンタルヘルス教育を行い労働者個々人がセルフケアの一環として自分自身でストレスを把握し、どう対処すべきか判断できるようになることが理想的ですが、人によってはそれが困難な場合もあります。
そこで産業保健スタッフが、個人情報の保護に十分留意しつつ、労働者及び管理監督者のストレスを把握し、適切な対応ができる体制を整備して、必要に応じて事業場外の医療機関等につなげるネットワークを構築することが必要になります。
企業内においてメンタルヘルスに関する問題や症状を最も早期に発見し対処することができるのが、産業保健スタッフです。
産業保健スタッフによるストレスの把握の方法で代表的なものが、労働者との面談によってストレスを把握するもの、質問紙調査によってストレスを把握するものなどがあります。
面談を行う際には、個人情報の保護に十分注意した上で、状況に応じて他の事業場内スタッフや事業場外の精神科やEAPに紹介したり、面談以外にも電子メールや電話などといった多様な相談方法を準備しておくことなどが望ましいとされます。
質問紙調査の場合も記入した内容についてプライバシーが保護される形で扱い、適切な調査票を選択・作成し、調査票のみでは状況の把握には自ずと限界があることを認識しながら利用することが重要であるとされています。
旧労働省の「作業関連疾患の予防に関する研究」班が開発した「職業性ストレス簡易調査票」は、あらゆる業種の職場で利用できるチェックシートで、質問項目も57と少なく、約10分で回答できるので、今でも多くの職場で活用されています。
従来のストレス反応のみを測定する多くの調査票と異なり、職場におけるストレス要因なども同時に評価でき、ストレス反応もネガティブ・ポジティブ両方の反応を評価できます。
尚、この調査票は2012年4月に項目が追加され「新調査票」として公開されています。
調査結果は職場のメンタルヘルス施策を立てる上で重要な情報を提供し、対策実施後に再調査を行うことで実施した対策の評価に役立てることもできます。
調査結果のフィードバックは労働者と管理監督者に分けて行います。
「職業性ストレス簡易調査票」を用いた場合のフィードバックには、個々の労働者別に「ストレスプロフィール」が作成できるようになっています。
ストレスが高い労働者に対して産業保健スタッフが個別の面談や指導、フォローアップを行う上で活用できます。
また、同調査票からは管理監督者に向けて、職場ごとの「仕事のストレス判定図」が作成でき、労働者が働きやすい職場環境づくりの資料としてフィードバックに活用することが可能です。
労働者のメンタルヘルス不調の判断において重要なものの一つに、うつ病の兆候を把握することがあります。
うつ病の把握には、「精神障害の診断と統計マニュアル第4版」(DSM-Ⅳ)が使えます。
DSM-Ⅳによれば、下記の項目のうち少なくとも①と②のどちらかが該当し、かつ全9項目のうち5つ以上が該当する場合はうつ病を疑ってよい、とされています。
尚、下記の「ほとんど毎日」という期間は、「2週間以上」が該当するとしています。
精神疾患により休職した労働者の職場復帰支援における問題点は、患者の精神症状や業務遂行能力の評価そのものに確立された方法がないこと、主治医と産業医の考え方の違いから、職場復帰に向けての連携がうまくとれないこともあること等が挙げられます。
このような問題に対してまず準備すべきことは、事業者が職場復帰支援に関するきちんとしたルールを作ることであると考えられています。
「復職」は本来人事に関わる制度であり、社内ルールが明文化されてしかるべきものであることから、職場復帰のルールを策定することは、リスクマネジメントの観点からも欠かせないということができます。
厚生労働省は2004年10月に「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を発表し、事業者はこれを参考にして衛生委員会等で個々の事業場のもつ人的資源やその他実態に即したかたちでプログラムやルールを策定するよう求められています。
この「職場復帰支援の手引き」は、2009年3月に改訂されています。
「職場復帰支援の手引き」にある復帰支援の流れは、5段階のステップに大きく分かれています。
休業労働者から主治医の診断書を提出してもらった上で、管理監督者と産業保健スタッフが連携して労働者の支援を進めていきます。
この段階では休業労働者の安心感を醸成することが大切だとされており、たとえば経済的な不安を軽減するために、健保法の傷病手当金制度の情報提供などが望まれます。
労働者とは、適切な頻度で連絡を取り合うことが適切なケアにつながるとされています。
休業と治療で症状が改善し、労働者が職場復帰を希望するに至った際にはまず労働者がその旨を管理監督者に伝え、職場復帰可能とする主治医の診断書(復職診断書)を提出します。
この復職診断書は、主治医等の医療機関が準備している一般的な書式によるのではなく、具体的な就業上の配慮についての記載欄を追加したものを事業場側で準備しておくのが望ましいとされています。
職場復帰の可否の判断にあたっては、まず労働者の職場復帰に対する明確な意思を確認し、必要があれば労働者の同意を得た上で主治医に連絡し、就業上の配慮について意見を聞きます。
それから通勤時間帯に一人で安全に通勤できるか、会社で勤務できる程度に精神的・身体的な力が回復しているかなどを確認して当該労働者の業務遂行能力を評価します。
一方で職場についても、作業環境管理や仕事の質や量、時間の管理方法、さらに配置転換の影響や職場の人間関係に重大な問題がないかなどについても調査し、復職者を受け入れる職場側の準備について十分検討を行います。
職場復帰が可能と判断された場合には、管理監督者、産業保健スタッフ等で職場復帰のための具体的なプランを作成します。
プラン作成の際には、職場復帰日、管理監督者による就業上の配慮、人事労務管理上の対応、産業医等による医学的見地からみた意見、フォローアップの方法などを検討することが望ましいとされています。
第3ステップの「職場復帰の可否の判断」と「職場復帰支援プラン」でまとめられた内容は、正式な文書や産業医による意見書として取りまとめられ、第4ステップとして事業者による最終的な職場復帰の判断がなされます。
就業上の配慮については主治医も知っておくべき情報であるため、労働者を通して主治医に伝えるようにしておくことが望まれます。
「最終的な職場復帰の決定」を経て労働者が職場復帰を果たした後は、第5ステップの「職場復帰後のフォローアップ」の段階に移ります。
精神疾患による休業労働者の職場復帰可否の判断は、不確定要素を含んだまま行われることにならざるを得ず、どうしても再発を防げないケースもあります。
そのため、判定の段階で精度を上げることに注力するより復帰後のフォローアップを充実させたほうが効果的な場合もあるため、このステップを最終段階として置いています。
職場復帰した労働者に対しては疾患の再燃・再発や新しい問題の発生などが起こっていないかの確認や、勤務や治療の状況確認、実施してきた職場復帰支援プランの評価と見直しなどを行います。
職場のメンタルヘルス対策の一環として行う教育研修には、労働者全般を対象に行うものと、主に管理監督者を対象に行うものとがあります。
前者はセルフケアについて、後者は管理しているラインによるケアと合わせて管理監督者自身のセルフケアについて研修を行います。
セルフケアについて社員向けに行う教育研修の内容として、まず「ストレスおよびメンタルヘルスケアに関する基礎知識」を情報提供した上で、何かと誤解や偏見がもたれやすい心の健康問題に対して「セルフケアの重要性および心の健康問題に対する正しい態度」を体得してもらうための研修を行います。
さらに、個々の労働者がメンタルヘルスの問題に直面した際に適切な対応ができるべく「ストレスへの気づき方」「ストレスの予防、軽減およびストレスへの対処の方法」を学習し、自身で対応できない場合は他者に適切な支援を求められるように「自発的な相談の有用性」についても学び、企業で用意している「事業場内の相談先および事業場外資源に関する情報」を周知させ、実際に事業場内外の専門家を活用してもらえる体制につなげていきます。
管理監督者に対する教育研修では、まず「メンタルヘルス活動を行う意義」として「健康の保持増進活動」「労働の質の向上と職場の活性化」「企業活動のリスクマネジメント」などについて教示し、具体的に実施すべきラインケアの活動内容を説明します。
ラインケアには大きく分けて「職場環境などの改善」と「部下に対する相談等」がありますが、前者はストレス要因を的確に評価して問題点を明らかにし、必要があれば軽減すること、後者は日頃から部下とのコミュニケーションを十分にとり、「集団からのズレ」「常態からのズレ」といった部下の変化にいち早く気づき、「積極的傾聴法」といった技法によって適切な形で部下の話を聴き、問題解決に結びつけていくことを学習します。
さらに、自殺の危険性が高いうつ病や、業務効率や職場の人間関係に様々な悪影響を及ぼすアルコール依存症など、管理監督者が特に知っておくべき心の病気について、また管理監督者自身も一人の労働者であり、職場でストレスを受ける可能性があることから、自身のセルフケアについても教育研修の中に盛り込んでいくべき課題となっています。
職場のメンタルヘルスケアの重要な柱である、職場環境等の改善でいうところの「職場環境等」とは、作業方法・仕事の質や量・職場の物理化学的環境・職場の人間関係・組織風土などを含む、広い意味で心理的ストレスの原因となりうる環境のことを指します。
職務レベルでの職場環境等の改善で中心となるのは、「QWL(労働生活の質)の向上」です。
代表的な考え方に米国発祥の「職務拡大・職務充実・職務再設計」があります。
職務拡大は細分化された職務のうち、個人が担当する数と種類を増やすことで仕事の単調さをなくし、多様性を持たせるもので、職務充実は従業員が自分の仕事についての裁量権をもち、仕事の仕方を自ら管理することで仕事の達成感や責任感を生み出すようにするというものです。
ただしいずれの考え方も、単独で職務に導入したことで直接QWLの向上にはつながらなかったとされています。
そこで、両者をひとくくりにした概念として職務再設計が考えられるようになり、これに基づき具体的な施策を考えていく動きが1960〜70年代にかけて起こってきました。
職務再設計をより科学的に行おうとする流れの中で、無数にある職務に共通する中核となる特性を明らかにする研究が行われ、結果的に以下の5個の特性が職種を問わず、どのような職務にもあてはまる中核的な特性として抽出されました。
中核的職務特性を用いて労働の質を評価すると、スキル多様性・タスク一体性・タスク重要性の3つが揃った職場では、従業員は仕事に大きな意義を見い出せるとされています。
また、自律性のある職務は従業員の責任感を増大させ、フィードバックが与えられると自分の業績に対する評価を知ることができるので、これらの要素が職務に対する動機づけ(モチベーション)や満足感、また離転職行動などにも影響を与えるという考え方があります。
この5つの特性を用いた「MPS」という指標もあり、それぞれの中核的職務適性を数値化したものをMPS=(スキル多様性+タスク一体性+タスク重要性)/3×(自立性)×(フィードバック)という式に当てはめて得られる数値で、個人が職務に対して抱く潜在的動機づけを量ります。
この式によると、自律性またはフィードバックが0の場合はいくら他の特性が高かったとしても0にしかならないことになり、この2つの特性が特に重視されていることが見て取れます。
「メンタルヘルスアクションチェックリスト(職場環境改善のためのヒント集)は、職場において、心の健康を促進するための職場環境等の改善方法を提案するために新しく開発されたツールです。
現場ですぐに、既存の資源を活用しながら低コストで改善できる優先対策をチェックできるところに特徴があり、6つの領域にそれぞれ5項目の計30項目についてチェックを行い、その結果を使って職場の管理者と労働者がグループ討議を行って職場環境の改善を目指していくものです。
職場集団レベルでメンタルヘルスに関する職場環境等の改善を進める際には、まず「ストレス軽減」といったような方針・目的を設定し組織内の合意形成を進めて、改善を実行するための担当者の選定や委員会の設置を行い、対象職場や討議を進める対象グループを決めます。
対象となった職場集団やグループでは、メンタルヘルスアクションチェックリストなどを使って改善点を討議し、提案をまとめます。
ここで討議された結果をもとに実行計画を立てて改善を実施します。
実施後は、再び労働者にストレス調査を行うなどして評価を行い、次年度への計画へつなげていくとPDCAサイクルを回せるようになります。
職場改善のためのツールとしては、メンタルヘルス改善意識調査票(MIRROR)も開発・公開されています。
これは職場における「望ましい」状態を示す45の項目から構成され、各項目を改善目標とした場合に個々の職場で改善か必要かどうかを確認することで、改善の取り組みを促していくものである。
MIRRORを用いた改善のプロセスは、下記の6つのステップに大別され、①〜⑥をサイクルとしてスパイラル状に回していきます。
また、このツールは職業性ストレス簡易調査票との併用も可能になっています。
職務レベル、職場集団レベルを超えた企業組織レベル(全社レベル)でのメンタルヘルスケア対策としては、丁寧なフィードバックなどで労働者の納得感が高く、公平性のある人事考課制度の設計・運用、自己申告制度や社内公募制度・キャリアカウンセリングを導入して組織と個人のニーズをすり合わせることで、ストレスをより軽減できる異動や配置のシステム、そのほかワーク・ライフ・バランスを図るための諸制度の検討やメンタルヘルスの教育研修の実施など健康管理体制の充実といったことが挙げられます。
企業が「事業場外資源」としてメンタルヘルス対策に活用できる公的機関には以下のようなものがあります。
メンタルヘルスを扱う医療機関には精神科や心療内科がありますが、症状が主に身体の症状・疾患(心身症)として表れるものを扱うのは心療内科で、精神の症状・疾患(精神疾患)として表れるものを扱うのが精神科になります。
EAPは「従業員支援プログラム」と訳され、事業場に対しては職場組織が生産性に関連する問題を提議することを援助し、社員に対しては仕事上のパフォーマンスに影響を与える様々な問題を見つけ、解決する手助けをするものです(国際EAP協会による定義)。
事業場外のEAP機関が提供できる機能としては、心理テスト等による従業員の心の健康問題の評価や組織に対するコンサルテーション、適切な医療機関等への紹介やフォローアップ、短期的なカウンセリング、メンタルヘルス担当者の教育などの他、災害や周囲の者の自殺などで従業員の精神的問題が生じそうな場合の危機介入といったものもあります。
EAP機関はその成り立ちから、個人を対象として医療的支援を中心とする医療系EAP、労働者個人や上司・人事労務部門へのコンサルテーション中心の心理系EAP、個人へのキャリアカウンセリングや自己啓発、組織コンサルテーションなどの発達支援を行うコンサル系EAPといったように、それぞれ得意分野を持っています。
企業が事業場外資源としてEAPを活用する際には、活用する目的や事業場内のスタッフで対応できることとできないことを明確にし、どの機関と連携をとるのがよいかを検討しておく必要があります。
民間で個人向けに相談に応じてくれる窓口としては、「いのちの電話」「ハートナビゲーション」といった相談窓口がよく知られています。
前者は都道府県ごとにセンターがあり、一部は英語など外国語にも対応しています。
後者は主に勤労青少年向けの相談窓口となっています。