建設業の元請会社ですが、下請の従業員が私の会社で貸したはしごが折れて墜落して負傷しました。
労災保険の方は元請業者として私の会社の方で入っているのですが、最近の建設業のはげしい不況のために、労災保険料を一部滞納しています。
そのため下請従業員の負傷について、労災保険給付を受ける際に何か問題になることがあるでしょうか。
もし、何かあれば対策を教えてください。
【静岡 F社】
建設業の元請業者が労災保険料を滞納している期間中に労働災害が発生した場合には、被災労働者が労災保険給付を受けるに際してどのような問題があるかということですが、被災者が保険給付を受けることにつきましては何ら問題はありません。
では、元請は全く何の心配もいらないかといいますと、必ずしもそうとはいえません。
労災保険法第31条第1項に、事業主が労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」と略称します)第10条第2項第1号の一般保険料(労災保険料も含みます)を納付しない期間(督促状に指定する期限後の期間に限る)中に生じた業務災害や通勤災害に対して労働基準監督署が労災保険給付を行ったときには、その保険給付に要した費用に相当する金額の全部または一部を事業主から徴収すると規定されているからです。
これは「費用徴収」と称されている制度で、もし、事業主が、その徴収に応じない場合には、同条第4項の規定により国税滞納処分の例により強制的に徴収されることもあります。
以上の滞納期間中の保険給付に対する費用徴収は、実際にはどのように実施されるかといいますと、その方針は厚生労働省の労働基準局長通達(昭47・9・30基発第643号)の中に具体的に示されています。
そこで、その通達をみますと、概算保険料を督促状の指定期限内に納付しない場合に費用徴収を行うとしています。
徴収額はいくらかといいますと、保険給付額の40パーセント相当額を上限とした滞納率を乗じて計算するとあります。
問題は費用徴収をする相手ですが、それは「事業主」であると規定されています。
ところで、労災保険法に事業主の定義についての規定はありませんので、労働安全衛生法第2条第3号の「事業者」と同じと考えますと、被災した下請従業員にとっての事業主は下請業者であるということになります。
そうなりますと費用徴収の相手方は元請でなく下請業者ということになりそうです。
しかし、労災保険法ではなく徴収法第8条第1項に、保険料の徴収等については「元請負人のみを当該事業の事業主とする」とあることから、保険料の滞納の責任は元請負人にあることは明らかで、費用徴収の対象も当然元請負人になるものと考えられます。
そうなりますと、元請は費用徴収される心配があるということですが、それに対しては事故発生当日に滞納分を完納することが最善の方法であるといえます。
しかし、それは時間的にも不可能であるということであれば、「やむを得ない事由」があったことを認めてもらうなり、指定納付期限前であれば1月以内に納付することを誓約実行する等の方法がありますので、役所の方とよく話し合ってみたらいかがでしょうか。
「はしご」のこと 貸したはしごが折損して労働災害が発生したとのことですが、はしごにつきましては労働安全衛生規則第527条に、移動はしごについて次のように規定されています。
一 丈夫な構造とすること。
二 材料は、著しい損傷、腐食等がないものとすること。
三 幅は、30センチメートル以上とすること。
四 すべり止め装置の取付けその他転位を防止するために必要な措置を講ずること。
労働安全衛生法第31条第1項は、建設業の注文者は、建設物等を下請従業員に使用させるときは労働災害防止のために必要な措置を講じなければならないことを規定しています。
しかし、はしごはこの場合の建設物等には該当しませんので、たとえ不完全なはしごであったとしても、民事上の責任はともかく、労働安全衛生法上の問題は生じないものと考えられます。
しかし、下請業者につきましては、もし、はしごが不完全で違法な状態にあったことが事故発生の原因であったとしますと、労災保険法第3 1条第1項第3号の規定により、費用徴収の対象となることが考えられないでもありません。
したがって、元請業者としましては、労働安全衛生法第25条と第30条に規定するところに従い、下請業者に対する指導を強化したらいかがでしょうか。
【平成15年:事例研究より】